東京地方裁判所 昭和30年(ワ)74号 判決 1955年12月24日
原告 石森胤正
被告 国
訴訟代理人 家弓吉己 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
原告と被告間に昭和二十六年五月三十日締結の原告が期間の定なく米駐留軍池子火薬廠において爆薬取扱工として勤務することを内容とする雇傭契約の存在することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
第二、請求の原因
原告は昭和二十六年五月三十日期間の定めなく被告に雇われ米駐留軍池子火薬廠に勤務してきたところ、被告は昭和二十九年十一月十五日到達の解雇通知書により原告に対し人員整理を理由として解雇の予告をなし、昭和二十九年十二月十五日をもつて原被告間の右雇傭関係は消滅したと主張しているのであるが、右の解雇予告は次の理由によつてその効力は生じないのであるから原被告間の雇傭契約は依然として存続している。よつて右の雇傭契約の存在することの確認を求める。しかして右の解雇予告の無効である理由は次のとおりである。即ち、昭和二十八年一月二十六日原告の属する全駐留軍労働組合その他の労働組合と被告及び駐留軍の三者間に恒久的な人員整理基準の制定実施までの暫定措置として、業務の縮減作業の合理化、予算の不足または縮減等の理由により駐留軍労務者の人員整理をなす際の整理基準として「人員整理の手続に関する臨時指令」が定められた。しかして右臨時指令の定める実施手続は、(イ)当該施設の駐留軍が管轄労務管理事務所に人員整理請求書を発出する。しかして右請求書には人員整理の理由を明示するとともに整理人員の数を作業単位毎に職種別に明示しなければならない。(ロ)当該労務管理事務所は退職希望者を募る。当該作業華位の当該職種において退職希望者の数が要整理人員に満たないときは、それに満つるまで先任順の逆順(施設職種の如何を問わず駐留軍に勤務した期間の最も短い者からはじめて順次長い勤務期間の者に及ぶ換言すれば駐留軍に勤務した期間の最も短い者が最初に整理の対象となり、勤務期間の最も長い者が最後に整理の対象となる。但し同順位のものがあるとき年少者をさきにし年長者を後にする。)という順序により被解雇者を選び遅滞なくその氏名を駐留軍に通知するとともに人員整理請求書受領の日から十五日以内に被解雇者に解雇予告通知を発出するものと定められている。
しかして右人員整理はストレーヂ(弾薬保管課)において爆薬取扱工十八名を整理するものであつたから、その作業単位はストレーヂであつてストレーヂにおける爆薬取扱工の臨時指令に則つた先任順の逆順は別紙のとおりであつて原告は右人員整理の対象者とならない筈である。
ところで右臨時指令は労働協約であるからこれに違反して解雇該当者でない原告に対してなした前記解雇予告は無効である。仮にそうでないとしても右の臨時指令は雇傭者が自ら定めた規則であるから、これに違反する解雇は解雇権の濫用として無効である。
第三、請求の趣旨に対する答弁
主文第一項同旨の判決を求める。
第四、請求の原因に対する答弁
原告主張事実中、原告主張の人員整理がストレーヂを作業単位とするものであり、ストレーヂにおける爆薬取扱工の先任の逆順位が別紙のとおりであることは争うがその他の事実は全部認める。
右人員整理における基準となる作業単位はストレーヂではなく、オペレーシヨンセクシヨン(作業課)の下に属するシツピングアンドリシービングランチ(受入積出部)の更に下に属するフイールドユニツト(現場班)であつてこのユニツトに属する者のみが整理の対象とされたものなるところ別紙記載の1、2、6、17、の四名は右シツピングアンドリシービングブランチに属しフイールドユニツトには属しないから原告は解雇該当者となる。仮りに右作業単位が原告主張のとおりストレーヂであるとしても右四者は爆薬取扱工とは職種を異にする爆薬取扱監督であるから原告は解雇該当者となる。したがつて原告に対する解雇予告は右の臨時指令に違反しない。もつとも、爆薬取扱監督と爆薬取扱工を職種が同一であるとするときはストレーヂにおける順位は別紙のとおりであることを争わない。
なお、右の人員整理の基準となる作業単位をフイールドユニツトと解すべき理由を詳述すれば次のとおりである。即ち右臨時指令にいわゆる作業単位なるものは駐留軍側において軍独自の立場からその使命を達成するため最も適切な方法で決定すべき性質のものであるから、当時既存の作業上の単位はもとよりその後軍が作業の必要のために設けた作業上の単位をすべて包含する趣旨と解すべきものであるところ、昭和二十九年三月従来の作業単位を細分してフイールドユニツトを作業上の単位として実施していたのであるから、右フイールドユニツトが臨時指令にいう作業単位に該当するわけである。
次に、爆薬取扱工と爆薬取扱監督とは臨時指令においても明示しているとおりその職種を異にするものであつて、軍が爆薬取扱工のうち、特定の技能を有するものの不代替性に鑑みこれを爆薬取扱監督として特殊の地位を与えている以上日本政府及び労働組合においてこれに容喙すべきことがらではなく人員整理の選定基準として区別せざるを得ない。
第五、被告主張に対する原告の反駁
被告主張の四名が爆薬取扱監督であること、作業単位がシツピングアンドリシービイングのフイールドユニツトであつた場合、及び爆薬取扱監督が爆薬取扱工とその職種を異にするものとすればそれらの場合いずれも原告が解雇該当者となることは争わないが、池子火薬廠を所管する武山渉外労務管理事務所池子出張所の作成した池子火薬廠人員整理の施設別職種対象者名簿によれば作成単位はストレーヂであり、職種は爆薬取扱工とされており、横浜キヤムプ司令官より武山労管所長あて前記人員整理の請求通知のあるまでの間に全駐留軍労働組合池子支部は前記池子出張所長と人員整理の作業単位のとり方につき二回にわたり折衝し、その際同所長より昭和二十八年十二月に行われた前回の人員整理の際と同一方針であるとの言明を得ていたのであるが、前回の人員整理においてはストレージが作業単位として整理対象者が選定されていたのである。しかるに被告主張のように作業単位を細分することは臨時指令を有名無実ならしめるものである。そもそも臨時指令が暫定措置であることは前記のとおりであつて、先任の逆順なる整理基準が完全なものでないことは日本国、軍、労働組合の三者がひとしく承知していたのであつて唯当面の紛議を避けるため暫定措置として協定したのであつて、米軍がその都合によつて作業単位を変更することを許すものとするならば、先任の逆順という整理基準は全くの骨抜きになるのであるから、作業単位は既存のものに限らるべきである。仮に米軍がその作業の必要上任意に変更できるものであるとしても、ストレーヂなる作業単位を細分する必要は少しも認められないから右のように細分したものとすればそれは特定の労務者を整理より除外しようとする措置であつてその結果は作業単位を随時変更することによつて本件の原告のように不当に整理の対象に組み入れられることになる。このような解雇は解雇権の乱用といわなければならない。爆薬取扱監督が格別の技能を有する不代替性をもつものであるとの被告の主張は否認する。従来格別の技能を有する等の特別の理由なくして爆薬取扱工が爆薬取扱監督になつたり、又その逆の事例も枚挙に遑がない。しかして前記池子出張所長の作成した整理対象者名簿においてもその区別はされておらず、前回の人員整理においてもその区別はされていなかつたのである。なお、日本国政府、米軍、労働組合が会談した際にも人員整理において監督(フオアマン)は職種を別にするものではなく、職階の区別にすぎないものであることの合意がなされている。
第六、証拠関係<省略>
理由
一、原告が昭和二十六年五月三十日被告に雇われ、爆薬取扱工として米駐留軍池子火薬廠に勤務してきたところ、被告は昭和二十九年十一月十五日到達の解雇通知書により原告に対し人員整理を理由とする解雇予告をなしたことは当事者間に争いない。
二、原告は右の解雇予告は「人員整理の手続に関する臨時指令」に違反する無効のものであると主張するのでこの点について判断する。
右臨時指令は、駐留軍労務者により組織されている全駐留軍労働組合その他の労働組合と被告日本国政府、駐留軍の三者の合意により人員整理をする場合のよるべき基準として昭和二十八年一月二十六日定められたもので原告主張のとおりの規定を有するものであることは当事者間に争いない。
したがつて人員整理をする場合には作業単位毎に職種別に人員を指定し、先任の逆順即ち勤務期間の短い者から順次解雇該当者を選定しなければならないわけであるが、証人坂本実、同近藤達雄の証言並びに成立に争いない乙第二号証によると、右の作業単位とは陸、海、空三軍によつてそれぞれ組織がちがい、同一の軍でも組織機構を異にするので施設毎に一律に決定することができず、従つて軍において使命を効果的に達成するために適当に作業単位を決定する権限を有するものとされ、また一旦作業単位の決定がなされた後においても軍の作戦上の計画行動上の必要から変更することもできることとされていることが認められる。この点に関して、原告は作業単位は臨時指令の発せられた当時における既存のものに限られているものであつて作業場所などで区画されているものを作業単位と定め、これを随時変更しないことに諒解がなされていたと主張し証人市川誠はこれに副う供述をするのであるが、前掲各証言に徴したやすく措信することはできない。
以上の見地にたつて本件人員整理をみるに前掲乙第二号証と証人近藤達雄の証言によれば米駐留軍は池子火薬廠のシツピングアンドリシービングブランチ(受入積出所)に属するフイールドユニツト(現場班)、モータープール(自動車置場)に属するベヒクルメインテナンス(車輌補修)等とそれぞれ作業単位として指定し、フイールドユニツトのみを整理の対象としこれに属する爆薬取扱工十八名の整理要求をしてきたことが認められるから本件人員整理において爆薬取扱工のなかより解雇該当者を決定するには、右のフイールドユニツトを作業単位として右の指令に定める先任の逆順によつて選定すべきものといわなければならない。
ところが原告はフイールドユニツトを作業単位とすることは、協定に違反して従前定められていた作業単位を変更するものでこのようにして整理対象者を決定することは作業単位変更に名を籍り、軍が随意に整理対象者を定めることができることになり権利の濫用であると主張する。
しかして成立に争いない甲第一乃至第三号証と証人小川寿雄の証言によると、池子火薬廠においては右臨時指令の定められたのち昭和二十八年十二月に行われた人員整理にあつては爆薬取扱工の整理についてはストレージを作業単位として整理対象者を決定し池子火薬廠を所管する神奈川県武山渉外労務管理事務所においても、本件人員整理の要求に基いて整理対象者を決定するにあたつてはじめストレージを作業単位として整理対象者の名簿を作成していたことが認められるのであるが、成立に争いない乙第三、第四号証(原本の存在についても争いない)第五号証の一、二と証人近藤達雄の証言を綜合すると米駐留軍は昭和二十九年三月一日以前から池子火薬廠のストレージにおける機構をオペレーシヨンセクシヨン(作業課)とプラニングセクシヨン(企画課)に分ち、さらにオペレーシヨンセクシヨンにあつては、そのシツピングアンドリシービングブランチ(受入積出部)に属するものをレバーアンドエクイメントユニツト(労役及び機械班)とフイールドユニツト(現場班)に分つていたのであつて、特に本件人員整理のためにのみストレージを細分して右のような機構をつくつたわけでもないことが認められるので、軍が右の機構を定めるに至つたのは作業遂行上何等必要ないのに拘らず敢てこれを改変したものと断定できないしまた本件人員整理によつて特定の労務者を整理するために殊更に従来の作業単位の定めを変更したと推定することもできない。したがつて機構変更により将来人員整理に際して不利益を被るに至つてもやむを得ないものというの外なく本件人員整理は権利の濫用であるとの原告の主張は採用できない。しかして、本件人員整理においてシツピングアンドリシービングブランチのフイールドユニツトを作業単位として整理対象者を決定する場合、原告が整理の対象者に該当する順位にあることは原告の争わないところであるから、原告を解雇該当者として解雇予告をなしたことはその他の点の判断をするまでもなく右の臨時指令に違反するものではない。してみれば右解雇予告の意思表示の到達した昭和二十九年十一月十五日より三十日の経過をもつて原被告間の雇傭関係は消滅したわけであるから、右雇傭関係の存続することの確認を求める本訴請求は失当であり棄却しなければならない。よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 西川美数 綿引末男 三好 達)
別紙<省略>